溥儀の料理番 19話・20話・21話では秦放が命をかけて調べた宝物の密売ルートから李琪の無実が証明され釈放。容児も真相解明のため宮中へ戻りました。ところが武天が脱走。建福宮では大量の宝物が消えていたのでした。
19~21話の内容
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秦放と李琪の潜入捜査で五豊楼の密売が発覚しますが、秦放は李琪を守って武天に斬られ命を落とします。
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盗品発見によって李琪の無実が証明され、容児は黒幕を追うため褒美として宮中への復帰を願い出ます。
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建福宮から大量の宝物が消えていることが判明し、李琪は小徳子から「景仁宮」という手がかりを受け取ります。
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溥儀の料理番 19話 容児が李琪を救おうとする
あらすじ
万花楼での再会と潜入
容児は万花楼で料理を作らされていましたが、陸秋桐たちに救出されます。秦放は裏切ったと思われていましたが、実は牢にいる李琪と示し合わせた潜入捜査でした。
生ごみバケツからの発覚
劉守貴が生ごみバケツから金色の仏像を拾いました。一同は入手のいきさつを聞いて、宮中と高級料亭である五豊楼の間に密売ルートがあるのではないかと考えます。
密売現場の摘発と暗躍
警察が五豊楼の密売現場を押さえて関係者を逮捕しまそた。真相を知られた李公公は刺客の武天に李琪の口封じを命じます。
牢での闘いと秦放の最期
慎刑司に忍び込んだ武天と李琪が激闘を繰り広げます。助けに入った秦放は武天の刃に倒れ、仲間たちの誤解が解けた直後に息を引き取ったのでした。
注目:秦放はなぜ李琪を告発してまで裏切り者を演じた?
秦放は裏切り者扱いされていましたが、実際は李琪と組んで潜り込んでいたんですね。秦放は姉を人質に取られて宝物の運搬に協力するよう脅されていました。それでは従うしかありません。
でも秦放はただ従うのではなくて、脅迫を受けた時点で李琪へ相談しました。そこで敵の指示に従うふりをして運搬先を調べる作戦に切り替えていました。
五豊楼から見れば李琪を捕まえさせた秦放は完全にこちら側へ転んだように見えます。秦放は敵に協力するふりをしながら宝物の運搬ルートを調べ、盗品の行き先が五豊楼だと突き止めたのですね。
でも真相がわかった後に、あっけなく退場。なんだか報われません。
溥儀の料理番 20話 李琪の無実が明らかになる
あらすじ 20話
李琪の無実が証明される
容児は残飯用の桶を持って溥儀に会って宝物が桶に隠されて宮外へ運ばれていたおとを説明します。五豊楼からも盗品が見つかり李琪と寿喜の疑いは晴れました。李琪は慎刑司から釈放されて侍衛に復帰します。
武天が慎刑司から脱走
捕らえられた武天の食事に「命を助ける」と書かれた紙が入り、夜になると何者かの手引きで脱走しました。後を追った容児は刺客に襲われますが、武天は容児を守って戦って倒れてしまいます。
容児が再び宮中へ
容児と李琪は秦放の墓を訪れ、家族から黒幕を突き止めてほしいと頼まれます。容児は溥儀にも事件の調査を続けたいと願い出て褒美として宮中への復帰を希望。許可を得て重華宮へ戻りました。
宮中にいる協力者は誰?
李琪は慎刑司から武天が簡単に逃げられたことを疑います。容児も武天が自分を殺さず助けたと話しました。二人は武天の背後に宮中から脱走を手引きした人物がいると考えるのでした。
注目:溥儀はなぜ五豊楼から戻った宝物を自由に処分できないの?
容児は五豊楼から見つかった宝物について溥儀へ報告しました。でもその品はすでに民国政府側に差し押さえられていました。溥儀は外国人に渡るよりはましだと諦めます。
清朝が存在したころは紫禁城の物は皇帝の物でしたが。今は清朝は滅びてます。1912年の清帝退位後に定められた清室優待条件では溥儀は紫禁城の内廷に住み続け、清室の私有財産も保護されることになっていました。でも宮殿や膨大な所蔵品には皇室個人の物と国家・宮廷に属すると物の両方がありました。
とくに1924年に溥儀が紫禁城を出ると清室善後委員会が設置され、公的な物と溥儀の私有財産を分けるため宮中の品々を調査しました。ここで民国側のものと判断されれば溥儀にはどうすることもできないのです。
溥儀の料理番 21話 建福宮から手がかりが見つかる
あらすじ 21話
李琪が容児への想いを母に伝える
李琪は久しぶりに実家に戻りましたが、多羅媽から万花楼にいた容児との仲を聞かれてしまいます。しかし李琪は容児は連れ去られただけで自分を何度も助けてくれた大切な人だと説明。多羅媽も二人を見守ることにしました。
建福宮の宝物が大量に消える
溥儀は乾隆帝の肖像画を替えるため建福宮の目録を確認しますが、古すぎて現状と合いません。全品を調べ直すよう命じると、孫義仁が「幽霊が出る」と噂を広め宦官たちは建福宮へ近づかなくなります。
小徳子が「景仁宮」を残す
李琪は建福宮で働いた小徳子が慎刑司へ送られたことを知ります。小徳子は発狂したふりをして李琪の手を噛み、その隙に布切れを渡しました。そこには血文字で「景仁宮」と書かれていました。
生きていた武天
容児への嫌がらせを続ける孫義仁は李琪の行動も監視させます。
一方、死んだと思われていた武天は生きていました。慎刑司では小徳子が看守の隙を突いて牢から逃げ出します。
建福宮は本当に大量の宝物が保管されていた場所?
21話では乾隆帝の肖像画を探そうとしたことから建福宮の棚卸しが始まりました。でも帳簿にあるはずの宝物が大量に消えていることが分かります。
建福宮花園は紫禁城西北部の一角にあって乾隆年間に整備された施設です。乾隆帝が好んだ場所でした。嘉慶年間には一帯が封印され、その後は皇室の宝を収蔵する場所として使われています。乾隆帝が集めた書画や古器物なども保管されていました。
さらに溥儀は回想録『我的前半生』で建福宮の倉庫を開けた際に嘉慶年間の封印が残る箱が積まれ、中身を把握している者もいなかったという内容の回想を残しています。
そのためドラマの「古い目録しかなく何が残っているのか分からない」という設定は実際の様子を意識した部分があるのですね。
主な登場人物
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容児:宮中で料理をしていた女性
李琪の無実を証明するため溥儀に宝物の密売方法を説明します。事件の黒幕を突き止めるため自ら宮中への復帰を願い、重華宮へ戻ります。 -
李琪:宮中の侍衛
秦放と協力して五豊楼の密売ルートを探っていました。盗品が見つかったことで疑いが晴れて侍衛に復帰し、建福宮を調べる中で「景仁宮」という新たな手がかりを得ます。 -
秦放:李琪に協力する仲間
姉を人質に取られながらも李琪へ相談し、敵に従うふりをして密売先を調査していました。慎刑司で李琪を助けようとして武天に斬られ、真相を仲間に知られた直後に亡くなります。 -
武天:李公公に使われる刺客
李琪の口封じを命じられて慎刑司へ潜入します。捕らえられた後は何者かの手引きで脱走し、容児を刺客から守ったことで死んだと思われますが、第21話で生存が判明します。 -
溥儀:皇帝
双喜が出した海鮮料理を食べたあと激しい吐き気と下痢で倒れます。容児の料理で回復しますが、宝物盗難の疑いを理由に容児を宮外へ追放することを決めます。 - 小徳子:建福宮で働いていた宦官
慎刑司に入れられていますが、発狂したふりをして李琪へ「景仁宮」と血文字で書いた布を渡します。その後、牢から逃げ出します。 - 孫義仁:宮中の宦官
建福宮に幽霊が出るという噂を広め、周囲を近づけないようにします。容児への嫌がらせを続けながら李琪の行動も監視させます。
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