溥儀の料理番 7話・8話・9話では、容児は松茸を勝手に調理したため罰を受けますが、膳房の仲間に謝罪して料理を基礎から学び直すことになりました。山芋で作った精進蝦仁で窮地を救った容児は重華宮へ戻り、やがて汗血宝馬の不正を知ることになるのでした。
7~9話の内容
読みたい話数をタップすると、すぐにエピソードが表示されます。
第7話を見る
容児は松茸を勝手に調理して敬懿太妃から罰を受け、膳房の仲間まで巻き込んだ自分の行動を反省します。
第8話を見る
容児は山芋で精進蝦仁を作って宴の危機を救い、李琪は容児の玉佩から二人の過去の縁に気づきます。
第9話を見る
料理を基礎から学び直した容児は汗血宝馬の不正を知り、暴走する馬から溥儀をかばって負傷します。
他のエピソードを見たい方は
溥儀の料理番 あらすじ ネタバレ一覧をご覧ください。
溥儀の料理番 7話 料理を基本から学び直す
あらすじ
容児が麺作りで失敗
膳房に入った容児は野菜の下処理では物足りず、寿喜姑姑に料理をさせてほしいと直訴します。そこで線香一本が燃え尽きるまでの麺作りに挑みますが、具やタレの準備が追いつかず失敗。彩碧からはまずは食材の扱いを覚えるように言われます。
松茸を勝手に調理
珍しい松茸が届くと容児は料理書で見た「松茸の卵スープ」を思い出します。彩碧から触らないよう命じられていたのに、調理を任せてもらおうと勝手に料理を開始。扱い方を知らなかったため、敬懿太妃に出すはずの松茸を台無しにしてしまいました。
敬懿太妃が容児を処罰
その頃、孫義仁は容児が溥儀の妃になると言っていると敬懿太妃へ告げ口します。呼び出された容児は冗談だったと言いますが許されず、宮門前での土下座を命じられました。李琪は上着を掛けて容児を助け、孫義仁が裏金を作って懐を肥やしていると揺さぶりをかけました。
膳房の仲間から拒絶される
一晩中雨の中で跪いた容児は翌朝になってようやく解放されました。しかし膳房へ戻ると、仲間たちは誰も相手にしません。寿喜から松茸一つを届けるまで多くの人が働いていると聞かされ、容児は自分の勝手な行動が周囲まで巻き込んだことを知るのでした。
感想:容児が暴走しすぎ
容児、さすがに勝手なことをしすぎですよね。膳房に入ったばかりなのに早く料理をしたいからと寿喜に食い下がり、麺作りで失敗した直後には今度は彩碧から「触らないで」と言われた松茸まで勝手に使っています。ここまでくると前向きというより自己中心的です。しかも失敗したあとに「作り直せばいい」と考えているのも、状況を理解していない。教育係の彩碧や膳房全体まで責任を問われますよね。普通の職場でも新人が高級食材を無断で使ったら大問題です。まして太妃の料理を作る宮中です。
容児の未熟さを見せたいのは分かるんですが、ここまで突っ走ると、演出がわざとらしく感じますね。
溥儀の料理番 8話 素蝦仁で窮地を救う
あらすじ 8話
容児が膳房に復帰
容児は寿喜と膳房の仲間にひざまずき、松茸を勝手に使ったことを謝罪しました。寿喜は容児を許して、容児は膳房に残ることになりました。一方、沈大人が残した「華宝斎」の手掛かりを追う李琪たちは店へ踏み込みますが武天に関係者を殺されてしまいます。
山芋でエビ料理を再現
重華宮では宴に使うエビが塩をかけられて全滅。容児は山芋を使った「精進蝦仁」を提案します。敬懿太妃は偽物を出したと怒りますが、容児は塩の使用量を調べれば犯人が分かると進言。芳銘がエビを駄目にしたと判明して双喜にも杖刑20回の罰が下されました。
玉佩から李琪との縁が判明
川でなくした容児の荷包が戻ってきます。中に入っていた玉佩を見た李琪は、それがかつて自分の持っていた品だと気づきました。
容児は昔助けてくれた恩人を今も捜していると話しますが、その本人が李琪だとは知りませんでした。
容児は太極殿へ
溥儀は精進蝦仁を気に入り、今後の食事を重華宮に作らせると決定。寿喜も容児を引き取ろうとしますが、敬懿太妃が先に指名していました。容児は太極殿へ送られますが挨拶で顔を上げると赤い発疹だらけ。敬懿太妃は受け入れを拒んで容児は辛者庫へ連れていかれそうになります。
今回の注目点 素蝦仁は本当にあった?
ドラマでは容児が肉や魚介を使わずに素蝦仁(精進エビ)を作っています。仏教の広まっていた中国では、こうした動物性の素材を使わない料理は実際にありました。
中国では精進料理のことを一般的には「素食」といいます。素食には豆腐や野菜などを使って肉や魚介に似せる料理があります。宋代にはすでに魚や鶏に見立てた素食の記録があって清朝時代には全盛期を迎え、民国時代になると民間の料理屋でもさまざまな料理が作られていました。
ドラマと同じ1920年代には上海で「功徳林」という素食を出す店が営業していました。1922年の開業時から、普通の料理店の「炒蝦仁(エビ炒め)」などを肉や魚介を使わない料理に作り替えていたと伝えられています。ジャガイモを茹でてエビの形にしシイタケやニンジン、青豆などと炒める「炒蝦仁」も作られていました。そのため、1923年に容児が海老を使わないエビ料理を作るという発想そのものは当時の中国にもあったでしょう。
ドラマで問題なのは「エビ」として出したのに中身はエビでなかったということ。普通に素蝦仁として出せば問題なかったのですが。これは食材偽造です。太妃が怒るのも当然でしょう。
溥儀の料理番 9話 容児が寿喜の助手になる
あらすじ 9話
容児が重華宮へ
容児は顔の発疹を理由に太極殿を追い出されますが、寿喜の説明で疫病ではないと分かり栄恵太妃に引き取られます。
重華宮では「了青」から料理人を補助する「帮案」へ昇格。しかし彩碧はすぐには仕事を任せず容児に基本から覚え直すように言います。
彩碧から料理の基本を学ぶ
容児は蒸し卵の卵液を作りますが、泡が残っていたため彩碧に捨てられます。さらに食材の受け取りにも同行し、ニラ一つでも料理に合う種類を選ぶことを知りました。練習を続けた容児は、ようやく泡のない卵液を作れるようになります。
汗血宝馬の不正を知る
宮中で密談を耳にした容児はモンゴル親王から溥儀へ贈られた汗血宝馬が那彦図たちによって売られていたと知ります。李琪に報告しますが、李琪は容児を危険に巻き込まないため溥儀への告発を見送り、那彦図たちへ直接警告しました。
容児が溥儀をかばう
納得できない容児は馬場へ運ぶ御膳の運搬役を買って出て、自分で溥儀へ事情を伝えようとします。ところが話す直前、馬が突然暴走。容児は迫ってくる馬から溥儀を突き飛ばして救いますが、自分は壁へ激突して意識を失いました。李琪は倒れた容児を抱きかかえ、御医のもとへ急ぎます。
これがきっかけになり那彦図が馬を勝手に売っていた事も明るみに出て溥儀は激怒するのでした。
注目:那彦図(ナヤントゥ)は実在した人物
那彦図はモンゴル王族で、ボルジギン氏。清末にはハルハの札薩克和碩親王の地位にあり、北京に暮らす有力なモンゴル王族でした。清皇室と代々婚姻関係を結んできた家柄でした。溥儀の退位後も那彦図は紫禁城の侍衛大臣を務めていました。なので李琪の上司に当たる人物です。
溥儀の回想録『我的前半生』には1924年に溥儀が紫禁城を追われた後も彼を支持して動いた蒙古王公の中で「那彦図が筆頭」だったとい書かれています。この時期に那彦図がいるのは不思議ではありません。
ただし那彦図が溥儀に献上された汗血宝馬を勝手に売ったというのは架空の話です。
主な登場人物
-
- 容児:宮中の料理人見習い
松茸を勝手に使った失敗を謝罪して膳房に残り、彩碧から料理の基本を学び直します。汗血宝馬の不正を溥儀へ知らせようとし、暴走した馬から溥儀を救って負傷します。 - 李琪:宮中で事件を追う侍衛
容児が持つ玉佩を見て、昔助けた少女が容児だったと気づきます。汗血宝馬の不正では容児を危険から遠ざけようとしますが、負傷した容児を御医のもとへ運びます。 - 寿喜:膳房を取り仕切る姑姑
松茸の件を謝罪した容児を許し、膳房に残ることを認めます。顔に発疹が出た容児について疫病ではないと説明し、辛者庫送りを防ぎます。 - 彩碧:膳房の料理人
失敗を重ねる容児に食材選びや卵液の作り方など料理の基本から教えます。容児はその教えを受け、料理人として学び直します。 - 敬懿太妃:太妃
松茸を台無しにした容児へ宮門前での土下座を命じます。精進蝦仁を偽物だと疑いますが、容児の指摘によってエビを駄目にした犯人が判明します。 - 溥儀:皇帝
容児の精進蝦仁を気に入り、重華宮に自分の食事を作らせることを決めます。第9話では暴走した馬に襲われかけますが、容児に助けられます。 - 那彦図:宮中の人物
モンゴル親王から贈られた汗血宝馬を勝手に売っていたことが明るみに出て、溥儀の怒りを買います。
- 容児:宮中の料理人見習い
関連記事
-
- 前回のエピソード
溥儀の料理番 10話・11話・12話 寿喜が盗人にされる - 前回のエピソード
溥儀の料理番 7話・8話・9話 紫禁城脱出に失敗して料理の道へ - 詳しい登場人物の紹介やキャストはこちら。
溥儀の料理番:登場人物・キャスト紹介 - 7話から最終話までをまとめてみたいときはこちら。
溥儀の料理番 あらすじ ネタバレ全70話一覧
- 前回のエピソード

コメント