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溥儀の料理番 1話・2話・3話 容児が宮女になる

溥儀の料理番 1話・2話・3話では宮中の宝物盗難を追っていた沈鴻鳴が殺害され、李琪は刺客・武天と事件を追うことになります。父にだまされて宮女になった劉容児は、持ち前の味覚と機転で青児を救い、寿喜にも一目置かれる存在に。さらに武天が文淵閣へ侵入し、紫禁城の宝物をめぐる事件は李琪のすぐ近くまで迫ります。

 

1~3話の内容

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第1話を見る
父・劉守貴にだまされて紫禁城の宮女になった劉容児は料理長 寿喜に才能を認められます。

第2話を見る
宝物盗難の真相をつかんだ沈鴻鳴が殺害され、李琪と陸秋桐がそれぞれ手がかりを探します。

第3話を見る
容児の工夫を加えた眉毛酥が溥儀に気に入られ、武天は劉管家を殺害して文淵閣へ侵入するのでした。

 

他のエピソードを見たい方は
溥儀の料理番 あらすじ ネタバレ一覧をご覧ください。

 

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溥儀の料理番 1話 容児が紫禁城の宮女に

宝物が消える紫禁城

1923年。清朝はすでに滅亡していますが、溥儀は太妃や大臣、宦官らと紫禁城で暮らしていました。ところが宮中では宝物の盗難が続き、溥儀は金が足りないと大臣たちを叱ります。夜には城外へ抜け出そうとしますが、端康太妃に見つかって連れ戻されてしまいました。

容児と李琪をつなぐ玉牌

旗人の劉守貴は娘の劉容児を宮女にしようとします。容児は断りますが、守貴は賭けの負けのせいで娘を大阿哥に差し出そうとしました。容児はわざと醜い格好をして破談にします。そのころ夜道で襲われた容児を御前侍衛の李琪が救出。容児は李琪が落とした玉牌を拾いました。

 

だまされて宮女になった容児

宮中では爆発騒ぎが起きますが、重華宮の料理長・寿喜は準備していた料理を溥儀に出します。

一方、守貴は容児をだまして紫禁城へ送り込みました。宮女生活を始めた容児は寿喜の料理にも自分の意見を言います。寿喜はその反応から容児の味覚に注目するのでした。

 

感想:毒親だけど社会の異常とまでは言えない恐さ

守貴は父親としてかなり問題がありますよね。容児本人が嫌がっているのに宮女にしようとするし、今度は自分が賭けに負けたから娘を大阿哥に差し出そうとします。
生活が困窮して子どもを売ったり奉公に出すという話は昔はどこの国にもありました。でも守貴は自分が遊んで作った問題を娘に払わせようとしているわけです。さらにたちが悪い。
当時の中国では親に逆らわないのを「孝」とする考えが社会に強く根づいていました。特に娘は家の都合で嫁がされたり、働きに出されたりして自分の意思より父親や家の都合が優先されることはよくあります。
儒教の教えに「親は子を売っても良い」と書いてあるわけではありませんが、親の権限が非情に強くて子どもに服従を求める社会ではこうした理不尽まで「親の決めたことだから」で正当化されやすくなります。そこが恐いところなんですよね。

 

解説:1923年の溥儀は皇帝ではないのに皇帝扱いだった

第1話は1923年が舞台です。このころの溥儀は中途半端な地位でした。1912年の退位で清朝による中国統治は終わりました。でも「清室優待条件」で退位後の溥儀は一定の待遇を認める取り決めがありました。
そのため溥儀は中華民国でも「退位した清朝の皇帝」として扱われ皇室関連費用が支給されていました。紫禁城の内廷では旧清朝の人々から皇帝として扱われていました。溥儀が紫禁城に残れば家族太妃や妃、世話をする宦官、宮女、警備する侍衛も残りました。そのため世間では中華民国なのに紫禁城の中だけ清朝が残ってる状態になってるのです。
この待遇は1924年に起きた馮玉祥の政変で廃止されます。ドラマはその直前の時期なのです。
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溥儀の料理番 2話 沈鴻鳴が殺害される

沈鴻鳴が殺害される

宝物盗難を調べる沈鴻鳴は溥儀にまもなく真相が分かると報告します。その夜、手掛かりをつかんで李琪を呼びますが、李琪が沈府へ着いた時には沈鴻鳴は殺害された後でした。李琪は刺客・武天と戦うものの逃げられてしまいます。

李琪と陸秋桐が沈府へ

激怒した溥儀は李琪と裕得福に捜査を命令。翌日、李琪は沈府へ向かいますが中華民国の警察に止められます。

一方、記者の陸秋桐は沈家へ入り書斎から手掛かりを手に入れました。さらに武天と孫義仁には別の黒幕がいることも分かります。

 

落とした眉毛酥

侍衛に変装した溥儀は青児とぶつかり、青児が運んでいた眉毛酥を落とさせます。処罰されそうな青児を救うため、容児は寿喜に助けを求めますが断られました。そこで容児は青児を栄恵太妃の前で泣かせます。

それを見た栄恵太妃は事情を聞いて寿喜に二人を助けるよう命じました。そのため寿喜も断れなくなって眉毛酥を作り直すことになりました。

 

注目:1923年の紫禁城では本当に宝物の流出が問題になっていた

ドラマでは沈鴻鳴が命を狙われるほどの宮中宝物盗難事件が起きてしまいますが。1923年の紫禁城では実際に宝物の管理が問題になっていました。
溥儀は自伝『我的前半生(わが半生)』で、宮中の品が持ち出される問題について書いています。1923年には溥儀が宮中所蔵品の調査を進めていた時期に建福宮で大火が発生。溥儀は盗みを隠すために宦官が火を放ったのではないか?と疑って多数の宦官を紫禁城から追放しました。
国立故宮博物院の解説でも当時の宮廷財産の流出と建福宮火災やその後の宦官削減との関係があると紹介されています。
ただし、沈鴻鳴や武天、孫義仁はドラマのために作られた架空の人物。歴史上会ったかも知れない出来事を分かりやすく表現するためのキャラクターといえます。

 

溥儀の料理番 3話 劉管家まで犠牲に

3話の内容

容児が眉毛酥を作って処罰を免れる

寿喜が作り直した眉毛酥には容児の工夫が加えられていました。溥儀はその味を気に入って双喜に褒美を与えます。おかげで菓子を落とした青児と、助けた容児も処罰を免れました。

その後、容児は李琪と再会しますが、また言い争いになって別れます。

劉管家が武天に殺される

陸秋桐は沈府襲撃から生き残った劉管家を新聞社の倉庫にかくまっていました。しかし李琪とはすれ違いになって、武天が先に倉庫へ侵入して劉管家を殺害します。遅れて来た李琪は現場にいた陸秋桐を疑い、二人は警察へ連行されてしまいます。

武天が文淵閣へ侵入

容児の弟・劉爾は新聞社で陸秋桐と知り合います。学校の運動会では李琪の妹・李玉玫と勝負して玉玫が勝利。玉玫は表彰式で陸秋桐を見てひと目で気に入ります。その夜、武天は紫禁城の文淵閣へ侵入。李琪と戦って逃げますが、現場に武器を残してしまいます。

 

解説:文淵閣は実在した建物

第3話で武天が侵入した文淵閣は実在する建物です。乾隆帝が『四庫全書』を保管するために紫禁城の文華殿北側に建てさせ、1776年に完成しました。建物は浙江省寧波にあった有名な蔵書楼・天一閣を参考にしています。
『四庫全書』は乾隆帝の命令で1773年から編纂が始まった巨大な書籍のシリーズです。故宮博物院によると3400種以上、約7万9300巻もの膨大な書物が経・史・子・集の四つのジャンルに分けられて収められました。文淵閣にはそのために作られた写本の一つが置かれていました。
ドラマでは武天が文淵閣から書物を盗もうとしました。武天は架空の人物ですが、1920年代の紫禁城で所蔵品の管理や流出が問題になっていました。そのため貴重な書物まで狙われるのは実際に会ったかも知れない出来事といえます。

 

主な登場人物

  • 劉容児:劉守貴の娘・宮女
    父にだまされて紫禁城へ入り宮女として暮らし始めます。鋭い味覚を寿喜に認められ、眉毛酥では自分の工夫を加えて青児を処罰から救います。
  • 李琪:御前侍衛
    夜道で容児を助けた人物。沈鴻鳴の死後は溥儀から宝物盗難事件の捜査を命じられます。
  • 溥儀:清朝最後の皇帝
    紫禁城で暮らしながら相次ぐ宝物の盗難に怒りを募らせます。沈鴻鳴が殺害されると李琪らに徹底した捜査を命じました。
  • 寿喜:重華宮の料理長
    溥儀の食事を用意する料理人。容児の味覚に気づき眉毛酥に加えられた工夫も皇帝から評価されます。
  • 沈鴻鳴:宝物盗難を調べる大臣
    盗難事件に迫りますが、李琪を呼び出した直後に武天らの襲撃を受けて殺害されます。
  • 武天:沈鴻鳴を襲った刺客
    沈鴻鳴や劉管家を殺害、文淵閣にも侵入。李琪と戦って逃走しますが現場に武器を残します。
  • 陸秋桐:記者
    沈府の書斎から手掛かりを見つけ、生き残った劉管家を匿います。劉管家殺害の現場に居合わせたため李琪から疑われました。
  • 青児:宮女
    溥儀と接触して眉毛酥を落としてしまい、処罰されそうになりますが、容児の機転と寿喜の料理で救われました。

 

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宮廷劇
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