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錦衣夜行 57話・58話・59話 紀綱失脚と夏潯の朝廷離脱

夏潯は、紀綱が韃靼と瓦剌を争わせた事を永楽帝へ訴えました。紀綱は十七条の罪状を突きつけられましたが、逆に夏潯の命を狙います。ところが紀綱との決着をつけたあとも安心はできません。飛龍密諜を持ち朝臣たちから一目置かれる夏潯を今度は永楽帝自身が警戒するようになりました。

紀綱を倒せば全部終わると思っていたのに、功績を重ねすぎた夏潯が皇帝にまで疑われるとは、最後まで気の休まる暇がありません。

57・58・59話の内容

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第57話を見る
夏潯は紀綱が韃靼と瓦剌を争わせた事実を知り、西門靖と彭梓琪を金陵へ送り、小桜の処刑も止めます。

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紀綱に十七条の罪状が突きつけられ、小桜は夏潯への思いに区切りをつけて草原へ帰り、追い詰められた紀綱は夏潯の殺害を企てます。

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紀綱との争いを終えた夏潯は建文帝と再会し、飛龍密諜を永楽帝へ渡したあと輔国公の爵位と屋敷を失い、謝雨霏と蜀へ向かいます。

 

他のエピソードを見たい方は
錦衣夜行 あらすじ ネタバレ一覧をご覧ください。

この記事にはネタバレがあります。

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錦衣夜行 57話 

夏潯が紀綱を非難

紀綱が韃靼と瓦剌を争わせた結果、多くの兵が命を落とし西門靖も戦闘で目を負傷して視力を失いました。

夏潯は紀綱が裏で何をしていたのか知って本人を問い詰めます。敵対する二つの勢力を利用しただけならまだしも、紀綱は意図的に争いを起こして、そのために多くの犠牲者を出していました。夏潯はこのやり方が納得いかず紀綱の行いを永楽帝に知らせることにします。

そこで西門靖と彭梓琪に文を託し、金陵へ向かわせました。

小桜の処刑を夏潯が阻止

瓦剌では豁阿夫人が戦死した族人たちの恨みを晴らすために小桜を処刑しようとしていました。

小桜が処刑される直前に夏潯が現れて助けます。夏潯は豁阿夫人とも話し合って豁阿夫人が今後も瓦剌を治められるよう協力すると約束、小桜を処刑しないよう求めます。夏潯は紀綱が作った争いを終わらせるため、瓦剌との関係まで修復しようとしました。

西門靖と彭梓琪が金陵へ

紀綱は西門靖と彭梓琪が夜のうちに出発した事を知って配下に監視させました。

西門靖は目が見えません。それでも彭梓琪の助けを借りながら、永楽帝に真相を伝えるため金陵へ向かいました。

 

韃靼と瓦剌は実際に争っていた?

ドラマでは紀綱の工作によって韃靼と瓦剌が戦争になります。史実でもこの二つの勢力は争っていました。

『明史紀事本末』には永楽初年に阿魯台側と瓦剌の馬哈木が戦った記録があります。永楽帝の時代には明朝が瓦剌の馬哈木らに王の称号を与えていますが、その後に勢力を増した瓦剌と明軍が戦うことになりました。一方で別の時期には阿魯台に和寧王の称号を与えています。

つまり明朝は韃靼か瓦剌のどちらか一方をずっと味方にしていたわけではありません。その時々の勢力関係によって、韃靼と関係を結んだり、瓦剌と関係を結んだりしながら北方勢力に対応していました。

ただし紀綱が刺客を使って韃靼の犯行に見せかけて、それをきっかけに韃靼と瓦剌を戦わせたというのはドラマの脚色。史実ではありません。

 

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錦衣夜行 58話 

紀綱に十七条の罪状

夏潯は朝廷の重臣たちと連名で紀綱を弾劾する上奏文を永楽帝へ提出します。罪状は十七条に及び、皇帝を欺いたことや、身分を越えた振る舞い、皇帝の命令を偽ったことなどが挙げられていました。

これまで紀綱を重用してきた永楽帝もこれを知って激怒します。しかし紀綱は罪を認めるつもりはありません。むしろ自分を追い込んだ夏潯を先に殺そうと錦衣衛に夏潯の殺害を命じました。

小桜が夏潯に別れを告げる

小桜は瓦剌へ帰ることになり、夏潯が見送りに出ました。

夏潯と離れたくない小桜は妻でなくてもいい、侍妾としてでもそばに置いてほしいと頼みます。ここまで一緒に行動してきただけに、小桜としては簡単に諦められなかったのでしょう。

しかし夏潯は、自分が生涯愛するのは謝雨霏だけだとはっきり伝えます。そのうえで、小桜には草原へ戻って自分の人生を生きてほしいと話しました。小桜も最後には夏潯の答えを受け入れます。そして馬車に乗り、草原へ帰っていきました。

紀綱が夏潯を森へ呼び出す

紀綱の企みを永楽帝へ伝えた西門靖と彭梓琪には、皇帝から褒美が与えられました。

そのころ謝雨霏のもとには左丹から新たな知らせが届きます。紀綱が人質を取り、夏潯を森へ呼び出そうとしているというのです。

夏潯はこれまでの戦いで負ったけががまだ治っていません。それでも人質を見捨てることはできず、紀綱の指定した場所へ向かうことになります。

一方の紀綱は、十七条の罪状が永楽帝へ提出され、いつ処罰されてもおかしくない状況です。朝廷の中で夏潯を失脚させる余裕もなくなり、とうとう自分の手で夏潯を殺そうとします。

 

紀綱が罪に問われて処刑されたのは史実

夏潯たちは紀綱を十七条の罪で弾劾しました。紀綱が永楽帝の信任を失って罪を追及されて処刑されたことのは史実です。

『明史』巻307によると紀綱は錦衣衛指揮使になっていましたが、権力を利用してさまざまな不正を行っていました。

皇帝の命令を偽って大量の塩を取り立てたり、官船や牛車を奪ったり、他人の土地や財産を取り上げたことなどが記録されています。さらに王侯が使う衣冠を身につけ、多くの武器も蓄えていました。

ドラマのように十七条という数の罪状を夏潯が中心になって提出したのはドラマの脚色ですが。紀綱が権力を乱用して最後は永楽帝から処罰されたというのは大枠では史実に近いと言えます。

 

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錦衣夜行 59話 

永楽帝が夏潯を警戒

紀綱との争いを終えた夏潯は永楽帝に官職を辞めたいと申し出ます。しかし永楽帝は認めず、逆に褒美を与えました。すると朝臣たちが夏潯に取り入ろうと贈り物を持って輔国公府へ押しかけます。

皇帝から疑われたくない夏潯と謝雨霏は寺へ出かけ、人との接触を避けようとしました。

鴻恩寺で建文帝と再会

夏潯と謝雨霏が鴻恩寺を訪れると、僧侶となった建文帝・朱允炆と再会します。建文帝は自分の命を差し出そうとしますが、夏潯は殺そうとはしません。朝廷に二度と関わらず、僧侶として生涯を過ごすことを約束させます。

夏潯が飛龍密諜を手放す

夏潯は永楽帝に建文帝のことを報告し、飛龍密諜の名簿も差し出しました。これによって皇帝とは別に持っていた情報網を手放します。

永楽帝は夏潯から輔国公の爵位を取り上げ、屋敷も没収して蜀へ行くよう命じました。西門靖たちに見送られて夏潯は謝雨霏とともに朝廷を離れることになったのでした。

 

建文帝が僧侶として生き延びたのは本当?

ドラマでは靖難の役のあと姿を消したはずの建文帝が僧侶として生きていました。

史実では建文帝・朱允炆は1402年の南京陥落後に死亡したといわれます。ところがその後、民間では建文帝が生きている。僧侶になったという噂や伝説が生まれました。

さらに正統5年には建文帝を名乗る僧侶が現れましたが、調査すると楊行祥という別人でした。

そのため、ドラマでも建文帝が生きているという設定はときどき見られます。「錦衣夜行」の演出も伝説をもとに創作したものと言えます。

 

主な登場人物と結果

  • 夏潯:輔国公・飛龍密諜を率いる永楽帝の側近
    紀綱の行為を永楽帝へ告発し、小桜の処刑も阻止します。紀綱との決着後は飛龍密諜の名簿を自ら差し出しますが、最終的に輔国公の爵位と屋敷を失い謝雨霏と蜀へ向かうことになります。
  • 紀綱:錦衣衛指揮使
    韃靼と瓦剌を争わせ、多くの犠牲者を出したことを夏潯に知られます。さらに欺君や僭越など十七条の罪で弾劾され、追い詰められると錦衣衛に夏潯の殺害を命じます。
  • 謝雨霏:夏潯の妻
    紀綱との争いを終えたあとも夏潯のそばに残り、朝臣たちとの接触を避けて寺へ向かいます。最後は爵位を失った夏潯とともに朝廷を離れます。
  • 永楽帝・朱棣:明の皇帝
    紀綱の罪を知って怒りますが、紀綱を退けるほどの力を持った夏潯にも疑いを抱くようになります。辞職を願う夏潯を一度は引き止めたものの、最後は爵位と屋敷を取り上げて蜀へ向かわせます。
  • 朱允炆:建文帝・永楽帝に帝位を奪われた前皇帝
    鴻恩寺で僧侶となって暮らしており、夏潯と再会します。皇位へ戻る意思はなく、二度と朝廷に関わらず僧侶として生きることを夏潯に約束します。

 

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この記事を書いた人

歴史ドラマブロガー・フミヤ

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