溥儀の料理番 31話・32話・33話では、溥儀が去った後も容児は紫禁城に残り栄恵太妃たちを支えていました。しかし裕得福が宮中の宝物を外へ持ち出そうとします。容児と李琪は重華宮で罠にはめられますが、宝物は端康太妃の葬送に紛れて運び出されてしまいます。やがて両太妃の退去が決まり、容児も紫禁城を離れて大公主府へ移るのでした。
31~33話の内容
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容児は栄恵太妃たちと紫禁城に残り、李琪とともに裕得福の行動を疑い始めます。
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裕得福は幽霊騒ぎを利用して栄恵太妃を移し、容児と李琪は景仁宮付近を調べます。
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裕得福は端康太妃の葬送を使って宝物を宮外へ運び、容児も栄恵太妃と紫禁城を離れます。
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溥儀の料理番 31話 紫禁城に残った容児
ストーリー
容児が太妃のもとに残る
溥儀が紫禁城を去っても、容児は寿喜との約束を守るため栄恵太妃たちに付き添います。しかし宮中では水と食材が不足。李琪が乾パンを届け、使える井戸を容児に教えました。二人は、太妃を宮中に残そうとした裕得福に別の目的があるのではないかと疑います。
清室善後委員会がやって来る
陸秋桐と奚教授は清室善後委員会として紫禁城へ入り、残された文物の確認を始めます。陸秋桐は容児と李琪に宮外での生活も考えるよう勧めました。一方、敬懿太妃に発疹が現れますが、容児の看病で回復へ向かいます。
青児に近づく裕得福
裕得福は青児に与えていた薬へアヘンを混ぜていたことを明かし、薬と引き換えに容児の監視を要求します。そのころ清室善後委員会は紹英に両太妃の退去を求めていました。食材を必要とする容児のため、李琪は重華宮の庫房へ向かうことを決めます。
解説:清室善後委員会が栄恵太妃たちに退去してほしい
31話では陸秋桐と奚教授が清室善後委員会として紫禁城にやって来て宮中の物を確認しています。ところが栄恵太妃と敬懿太妃がまだ暮らしているので委員会側は紹英に退去するよう求めました。
史実では1924年11月5日に溥儀が紫禁城を退去すると民国政府は清室善後委員会を設置しました。委員会には宮中の公有財産を管理して公有財産と清室側の私有財産を確認する役割がありました。さらに宮殿を将来は図書館や博物館として利用する方針も決まっていました。
でも敬懿太妃と栄恵太妃は溥儀が出ていった後もしばらく残っていました。最終的に出ていったのは溥儀より16日後です。
委員としては紫禁城はすでに民国のものになっていますから清朝皇族の生活場所ではなくなっています。紫禁城の文物を確認して新しい管理体制へ移したいですし、太妃たちには早く出ていって欲しいというのは本音だったでしょう。
溥儀の料理番 32話 紫禁城の幽霊騒ぎ
ストーリー
重華宮で裕得福の罠に
食材不足に困った容児は燕の巣などを取りに李琪と重華宮へ入ります。ところが青児から知らせを受けた裕得福が庫房を封鎖。二人を盗人に仕立てようとしますが、彩碧が先に発見して助けます。
幽霊騒ぎで栄恵太妃を移す
裕得福は隠した宝物を運びやすくするため、栄恵太妃を仏堂付近から移そうとします。珍妃の幽霊話を聞かせたうえ、端康太妃を弔うため慈寧宮へ行った容児たちを小太監に驚かせました。怖くなった栄恵太妃は敬懿太妃との同居を受け入れます。
香灰をまく容児
幽霊を疑う李琪と容児は黒い人影を追って景仁宮へ向かいます。しかし仏堂付近で人影を見失ったため、容児は床に香灰をまいて足跡を確認することにしました。そのころ紹英が両太妃を訪ね、民国政府から三日以内に紫禁城を退去するよう命令が出たと伝えます。
解説:景仁宮は本当に珍妃が暮らした宮殿?
32話では裕得福が栄恵太妃を怖がらせるため珍妃の話を持ち出しました。
景仁宮は実在する宮殿です。紫禁城内廷の東六宮の一つで明の1420年に建てられ、清でも后妃の住居として使われました。
珍妃は光緒帝の側室で義和団事件のときに紫禁城の井戸へ投げ込まれて死亡しました。その珍妃は景仁宮に住んでいたこともあります。
なので裕得福がこの付近は珍妃に関係があると話すのはウソではありません。でも、景仁宮で幽霊騒ぎがあったとか、珍妃の幽霊が出たという記録はありません。ドラマの脚色です。
溥儀の料理番 33話 容児も紫禁城を去る
ストーリー 33話
裕得福が葬送を利用
端康太妃の葬儀が行われることになり、裕得福は副葬品に宝物を紛れ込ませて宮外へ運ぼうとします。栄恵太妃から端康太妃への刺繍を預かった容児は箱へ入れようとしたところを裕得福に制止されました。容児と李琪は景仁宮を調べ、裕得福の隠し場所を確認します。
李琪の訴えを紹英が退ける
李琪は紹英に事情を伝え、副葬品を確認するよう求めます。しかし紹英は端康太妃の葬儀と旧皇室の面目を優先しました。葬列はそのまま宮門を出てしまい、裕得福は宝物の搬出に成功します。
容児も紫禁城を去る
容児は栄恵太妃に付き添って紫禁城を離れ、大公主府へ移ります。そこで大阿哥・溥儁が容児を劉守貴の娘だと気づき、以前断られた結婚を再び持ち出しました。容児は自分は太妃に仕える身だと答え、溥儁の申し出を受け入れませんでした。
解説:敬懿太妃と栄恵太妃はなぜ紫禁城に残った?
1924年11月5日に溥儀は紫禁城を退去しました。でも同治帝の妃だった敬懿太妃と栄恵太妃はすぐには宮外へ出ませんでした。
端康太妃はすでに亡くなっていましたが棺はまだ慈寧宮に安置されていました。二人は長年ともに宮廷で暮らした端康太妃の棺を残して出ることを嫌がり、自分たちの衣服や家具などを持ち出せるかという問題もあって、しばらく紫禁城に残りました。
11月19日に端康太妃の棺は慈寧宮から神武門を通って宮外へ出され、広化寺へ移され仮安置されました。端康太妃は翌1925年1月に光緒帝の崇陵に付属する妃園寝へ正式に埋葬されました。
敬懿太妃と栄恵太妃は端康太妃の棺を見送ったあと11月20日から21日ごろに紫禁城を離れて大公主府へ移っています。
裕得福の存在や棺とともに宝を運び出すのは架空ですが。『溥儀の料理番』で溥儀が先に紫禁城を出て太妃たちが端康太妃の葬送後に宮外へ移るのは史実をかなり取り入れているんですね。
主な登場人物
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容児:栄恵太妃に仕える女官
寿喜との約束を守って紫禁城に残り、食料不足や敬懿太妃の看病にも対応します。裕得福の企みに気づいて李琪と調べますが宝物の搬出は止められず、最後は栄恵太妃と大公主府へ移ります。溥儁から再び結婚を求められても受け入れません。 -
李琪:容児を助ける料理人
紫禁城に乾パンを届け、使える井戸も容児に教えます。裕得福を疑って容児と行動し、景仁宮に隠された宝物を見つけますが、紹英を説得することはできません。 -
栄恵太妃:清朝の太妃
溥儀が退去した後も紫禁城に残ります。裕得福が仕組んだ幽霊騒ぎを恐れて敬懿太妃と同居し、退去命令を受けた後は容児とともに大公主府へ移ります。 -
敬懿太妃:清朝の太妃
紫禁城に残る中で発疹が出ますが、容児の看病で回復します。清室善後委員会から退去を求められ、栄恵太妃とともに宮中を離れることになります。 -
裕得福:宮中の太監
青児に与える薬へアヘンを混ぜ、薬を渡す代わりに容児を監視させます。さらに幽霊騒ぎを仕組んで宝物の隠し場所から栄恵太妃を遠ざけ、端康太妃の副葬品に宝物を紛れ込ませて宮外への搬出に成功します。 -
青児:裕得福に利用される宮女
裕得福から薬を与えられていましたが、その薬にアヘンが入っていたことを知らされます。薬を得るため、容児の行動を裕得福へ知らせる立場になります。 -
溥儁:大阿哥・旧清朝皇族
大公主府へ来た容児が劉守貴の娘だと気づき、以前断られた結婚を再び持ちかけます。しかし容児に断られました。
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